選んだのは「歌行燈」。伊勢丹でも見かけた店であるが、ウインドーに飾られていた「すき焼きメニュー」に目を奪われてしまった。誰かの旅行記で、バンコクは肉が安く、しゃぶしゃぶ食べ放題がうまかったと書かれていたのを思い出したからである。
しゃぶしゃぶとすき焼きでは、料理の質はかなり異なるが、肉は肉だろうなんてよく分からない理屈を頭の中で捏ね回して、バンコク最後の夕食はすき焼きと決定。
店内に入ると、例によって若干イントネーションの異なる「いらっしゃいませ〜!」の声で迎えられる。ちょっと時間が早かったせいか、客はほとんどいない。
店内は日本の和食チェーンレストランと似ているが、全体の作りがゆったりしている。早速ビールを頼み、メニューを見る。
つまみに「揚げ出汁豆腐」50バーツを頼み、目的のすき焼きを見ると肉の種類によって値段が違っている。一番安いのが国産牛。つまりタイの牛だ。その次がたしかオーストラリア牛。なるほどタイとオーストラリアは地理的にも近いからだなと納得してしまった。
結局頼んだのは国産のタイ牛。やはりタイに来たのだからタイの牛を食べてみようという気になった。もちろん一番安いという理由もある。値段はすき焼きセットが400バーツ。
オーダーしてしばらくすると、お姉さんがカセットコンロをテーブルの真ん中にセット。続いて料理を持ってきてくれる。
ここでふと不安になった。すき焼きなんぞ滅多に家では食べないから、基本的には煮て食えばいいと思ってはいるが、どんな順に具を暖めていけばいいのかなんて何にも知らないのだ。
大量の具を目の前にして、やがて鍋の中の出汁が暖まってきて、さてしょうがないから自己流でやるかと思った頃、うまい具合にお姉さん登場。なんとすべてやってくれるのだった。
すき焼きなんぞを頼む客は少ないのだろうか。付きっ切りで世話してくれるので申し訳ないくらいだ。
だいたいが煮詰まってきて食べられる頃になると、さりげなく「どうぞ」という雰囲気で、後は私に任せてくれたので、気分的にひじょうに楽だ。
さてかんじんの味だが、出汁や野菜はたしかにうまかったが、肉が若干硬かったのが残念。やはり国産牛。どんな状況で育てられているのかはよく分からないが、タイの国情を考えると、日本のような手厚い育て方はしていられないだろう。
しかしそのこと以外にはまったく問題なく、おいしく食べられたし、量も十二分にあった。やがて夕食時間に近づいたのか、私がふうふう言いながら食べている横を、次々と客が通り過ぎていくのだが、みんな横目でちらっと見ていくところを見ると、やはりすき焼きなんぞを食べる客は少ないのかもしれない。
結局最後の夕食は、お姉さんにお世話してもらった感謝の意も込めて若干のチップを上乗せし支払ったが、自分なりに満足できる贅沢な夕食となった。
その後は最後の夜遊びも考えたが、疲れがたまっていたのと、早朝出発を考えて、おとなしくホテルへ戻った。これから詰め込みだ。